dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

休みの取りずらい業界の話と月刊誌から考現学に興味が湧いた話

 土日月の3連休の真ん中。でも我が職場はイベントの関係で、休日返上で火曜日まで働き通しです。その後18日から23日まで休みは続きますが、途中に勤務が入る職員も多く、その休みを取り返すのは実質無理。見返りは1日2,800円程度の手当てのみ。これが悪名高き昨今の教育関係の現場に従事する者の実情です。

 

イベント真っ只中の昨日の土曜日、20日(金)に予定される自分の勤務の代休を、何とかうまく調整してとれました。先週の月曜から連続9日勤務となるところを、1日だけですが休みを割入れ、出勤している職場の皆さんには申し訳ないなあとは思いつつ、そのリフレッシュ感は想像以上でした。

 

この休みで、何かいつも以上のことができたという訳ではありません。いつも週末の2日のどちらかで行う、家の掃除、トイレ掃除、お昼ご飯の買い出しなどをいつものように行っただけです。

 

でもそれができた安堵感が、この日のリフレッシュ感の源のように思えます。もう少し多くの休みと解放感があれば、例えば近所の図書館に寄って何か新しい小説なんかを読むところですが、週末1日の休みでそこまでは望むつもりはありません。図書館ものぞけず終いでした。

 

その代わりと言ってはなんですが、先週末、たまたま見つけて借りた現代思想7月号がことのほか面白かったので、報告します。特集のタイトルは「考現学とはなにか」。今和次郎が打ち立てた考現学のあらましと、考現学の発展型として近接する学問や在野の取組などについて説明された論文は、ほとんどが読みやすく、思わずのめり込んでしまいました。

 

そもそも、毎週末、お昼ご飯の買い出しという指名を帯び、カメラ持参で近所の同じ道を歩きながら何かシャッターチャンスがないかと思考する自分の行動は、ここで何度か参照されている「路上観察学会」の目指すところに近いのでは、とか思った次第。

 

さらに、今急に思い出したのが、大好きな米国の作家、ポール・オースターが何かの短編で描いていた、ニューヨークの街角の決まったシーンを十年以上も毎日写真に撮り続けた話。これもまさに路上観察です。明日も仕事なので詳細を調べるのは後日にしますが、考現学は自分にとっても馴染みやすい学問のような気がしてなりません。