dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

体験と経験

季節の変わり目で体調を崩している方も多いのでは。自分の周りでものどが痛いとか、お腹の調子が悪いとか、熱っぽいとか訴える人が多い。どれも自覚がないのですが、「疲れてる?」なんて聞かれると、「とうとう自分もか?」と身構えたり。

 

そんなわけで、仕事から帰ると、厄介ごととか、理屈っぽいことは一切考えず、読書もせず、もっぱらyoutubeで懐メロをあれこれ見聞きしているこの一週間。これはこれで至福を味わえるのだと、今週しみじみ感じてます。

 

懐メロ、といっても自分の場合は70年代から90年代のJpopや洋楽なのですが、聞いていて、少し寂しく思ったことがあります。昔の歌を懐かしく聞くことはいつでもできるけど、リアルタイムの経験は二度とできないんだな、と。

 

youtubeって、コメントをどうしても読んでしまいますよね。懐メロをyoutubeで聞きながら、連なるコメントを読んでいて、コメント主の昔話にあるあると同意しつつ、当時この曲を聞いた頃を自分は二度と経験できない事実に結構悲しくなってしまいます。

 

追体験とか疑似体験とかいう言葉があります。でも、「追経験」「疑似経験」なんて言葉はない。体験と経験、自分でも気づかなかった、というか逆のイメージがあったのですが、一過性の度合いやかけがえなさという意味で、貴重なのは体験ではなく経験だったのだと、半世紀生きて今日初めて気づきました。

 

で、お前はyoutubeで何を見てそんな感想をもったのだと聞かれそうです。このところ断然見ているのは松浦亜弥ですね。あと森高千里もいい。でも今日、コメントを読んでほろっと来てしまったのは、稲垣潤一でした。1983年の「夏のクラクション」。

 


稲垣潤一 夏のクラクション