dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

連休中の読書から 2

うれしい3連休が今週末も来ました。先週は初日が仕事でしたが、今回は3日ともフリー。初日の今日、予約していた本を受け取りに近所の図書館へ。

 

 

前回の記事でも書きましたが、きっかけはこの前の北海道胆振東部地震。親は今なお北海道に暮らしていることだし、すこしは故郷の地形とか地質とか成り立ちを知っておくべきという動機から、勉強しています。

 

でもこの本では、関東平野とかの解説が思いの外詳しく、読み入ってしまいます。あとローカル情報としては、「日本列島の誕生」で注目したのは大磯丘陵でしたが、今回は足柄平野が詳述されていて、やはり注目してしまいました。

 

そんな中、「日本列島の誕生」でも「日本列島100万年史」でも決まって取り上げられているのが、わが故郷、石狩平野の成り立ちについて。しかも両書とも「紅葉山砂丘」が語られているのにはビックリしてしまいました。

 

紅葉山。小学校1年から高校3年まで自分が過ごした場所から、ちょっと自転車で遠出すると行けた所。基本、畑や水田の間を南北に道を通して拓けた所ですが、ここだけは南西から北東にかけて帯状に砂丘が盛り上がったいて、子供心にも不思議な場所でした。

 

特に小学生の頃は友達達と自転車でよく遊びに行きました。砂山の傾斜を上手く利用して大ジャンプの真似事をしたり、カップルのお兄さんお姉さんが奥の方でいちゃついているのを見に行って怒鳴られたり、砂の中から骨がでてきて人骨だと大騒ぎしたり。

 

最近では宅地開発でだいぶ切り崩されたのか、Googleマップで確認しても、田畑を斜めに横切る山の雰囲気はもうないようです。でも、自分らが遊んでいた砂山の雰囲気にかなり近い写真が、とあるサイトで見つけました。

 

現在の紅葉山砂丘でわずかに見られるハマナス。

6000年前の海辺、紅葉山砂丘【コラムリレー第10回】 | 集まれ!北海道の学芸員

 

確か小学校5、6年だったと記憶していますが、一人自転車で、この砂山を越え、さらに何キロも走り抜け、石狩湾に行き着いたことがあります。なぜそんな行動に出たのかは定かでないのですが、親にも内緒で決行したことはハッキリ記憶しています。

 

海岸に行き着き、海を目の前にした感動は確かにあったのですが、それよりも、小学生の自分の心をこの時支配していたのは、暗くなる前に家にちゃんと帰れるかどうかでした。今となっては全部が懐かしい思い出です。