dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

読みかけの「前世を記憶する子どもたち」、終わり近くでぶっ飛ぶ

 

Children Who Remember Previous Lives: A Question of Reincarnation

Children Who Remember Previous Lives: A Question of Reincarnation

 

 

5月の連休中から読み始めたイアン・スティーヴンソン「前世を記憶する子どもたち」。なんでこの本を選んだのか、どんな話が書かれているのかは、とりあえず下の二つの記事を参照してください。

 

佐藤正午「月の満ち欠け」の参考文献で考えたこと - dods’ blog - 今と昔のノートブック

前世を記憶する子どもたち - dods’ blog - 今と昔のノートブック

 

お恥ずかしながら、全11章中ただ今やっと10章を読んでいるところ。前半は佐藤正午が作中で語っていた通り、科学的な立場にたって、抑制的な語り方。reincarnation(生まれ変わり、輪廻)について詳細なデータの比較検討分析を基本線に話が続きます。

 

ところが後半から、筆者の深い考察ががんがんと始まり、おや? 雰囲気が変わって来たぞ...と感じさせたのが第8章。ここではアジアなどで多く報告される reincarnation がなぜ西欧諸国では報告が少ないのかを、文化比較の観点で7点ほど指摘しています。

 

その詳細は省きます。でも、このあたりでなんとなく納得したのが、たとえば文化人類学の誕生が象徴的なように、この研究者も、西欧的な価値観から生まれた学問体系に対して「ちょっと違うんじゃない!」方面の方なんだ、ということ。

 

今読んでいる第10章など、脳科学の成果と心にまつわる哲学的課題を、デカルト由来の二元論に対する monism(一元論)とか physicalism(物理学主義)なる術語で論じてます。

 

もう一つ、この10章には、抑制的だった著者の正直な気持ちが、たった4行ですが、ズバリ吐露されています。(まだ11章は読んでませんので、このあともあるかも知れませんが...)

If this book has any central purpose, it is that of urging readers to judge the merits of a belief or a disbelief in reincarnation only after studying the evidece offered by children who claim to remember previous lives.

(この本に何か柱となる目的があるとしたら、それは読者に対して、生前の記憶がある言う子供らの証言をじっくり学んだ上で、reincarnation を信じる方に理があるか、それとも信じない方に理があるか、判断を迫ることである。)

 

どうです。何千というデータを現地で集めた研究者だからこそ言える自信の発言なのでしょう。フィールド・ワークで過ごす研究者、もし生まれ変わるならついてみたい職業です。