dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

国立国会図書館のデジタルコレクションで昔の広告を追いかけていたら日本の暗い時代に直面してしまった

仕事もなく、ゆったりできた今日の土曜日。ずっと気になっていた、国立国会図書館デジタルコレクションのサイトを時間をかけて検索することができました。自分がこのサイトを知ったのは、 北見花芽 (id:KihiminHamame)   さんのこのブログから。

 

うきよのおはなし~江戸文学紹介ブログ~

 

北見さんのフィールドは江戸時代。著作権とかの心配はないので、北見さんは縦横無尽にこのサイトを活用して江戸文学のガイドをしておられます。いつも楽しく読ませてもらっています。

 

でも国立国会図書館デジタルコレクションで自分が見たかったのは、何といっても昭和40年前後の雑誌広告。昔の記憶の整理に関わる、まあ、必然的欲求です。

 

そもそも、自分がこのブログを始めた大きな理由の一つは、幼少期の頃の昔の記憶を整理しておきたかったからでした。その一つの試みが、かつて掲載したこの記事からはじまる全部で5つの記事でした。

雑誌「中央公論」の記憶 - dods’ blog - 今と昔のノートブック

 

話を戻します。残念ながら、国立国会図書館デジタルコレクションで昭和40年前後の雑誌広告を見ることはできないよう。この時期の著作物がないわけではないのですが、それは学術論文とか政府刊行物とか、著作権の保護期間とは無縁なものばかり。

 

そのかわり、保護期間の整理がついたらしい、昭和20年代前半までの著作物は雑誌を含んでどっさり検索できます。広告だけを追っても意外と面白い。戦中戦後は広告どころではなかったようで、むしろ昭和15年あたりまでの広告がいい。

 

今回は数ある著作物から、「朝日年鑑 昭和16年」(1940年10月10日発行)に収められていた広告をいくつか紹介します。すべて1ページ大の広告です。

 

f:id:dods:20180127214847j:plain

 

時代を感じさせつつも、今に通じるモダンな雰囲気を踏みとどめていませんか?

 

f:id:dods:20180127215144j:plain

 

この広告も、ある意味、時代を超えた美しさを表しています。

 

f:id:dods:20180127215323j:plain

 

シンプルなところが、今でも通用しそうな感じ。

 

今に通用しそうと言えば、怪しげな健康器具はいつの時代にもあるようです。

 

f:id:dods:20180127215401j:plain

 

どうやらお腹まわりに装着する器具みたいで、21世紀に通底しています。

 

いずれも1940年(昭和15年)当時のもの。太平洋戦争はまだ開戦前ですが、ヨーロッパでは第2次世界大戦が始まっています。大政翼賛会が始まる年です。当然ながら、時局を反映した広告も結構あります。次の広告もその一つ。でも表現がまだ抑制的です。

 

f:id:dods:20180127220303j:plain

 

このあと、日本はどっぷりと戦時体制に入っていくのは御承知の通り。実はこれも国立国会図書館デジタルコレクションにあったのですが、広告を通してそれが痛いほどわかる著作物を、本日その後、たまたま見つけてしまいました。

 

きっかけは、当時の万年筆広告は見つからないかと、このサイトで詳細検索をかけたこと。すると、朝日新聞社大阪本社広告部「第二回翼賛広告研究会作品集」(1942年8月)というのが見つかりました。

 

翼賛広告を批判的に扱った本ではありません。時代的にもそれは無理でしょう。朝日だからと言って誤解のないよう、念のために、この本の序を引用しておきます。

 

廣告(広告)は時代に順應(順応)した表現技巧を工夫すべきでありまして今日の如き決戰體制下(決戦体制下)に於(おい)ては、大政翼賛の時局淸神(時局精神)を盛り上げた淸新强力(清新強力)なものでなけらばなりません。 ( )内は自分が加えました。

 

で、その広告とはこのようなものです。どんな商品も大政翼賛になんとか賛同している痕跡を残そうと必死です。

 

f:id:dods:20180127221425j:plain

 

このような広告が97も続きます。そのひとつが次の広告。比較のために再び百貨店の大丸さんのを使わせてもらいますが、大丸さんも、ついにこのような広告を出すに至ったようです。

 

f:id:dods:20180127221551j:plain

 

今日はどういうわけか、昔のある時期の日本が急に一方向に変わっていった有様をひょんなことから覗いてしまった気がします。こんなの昔話だよ、と笑って過ごせればいいのですが。