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dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

正論は小声で話したいが...

昔の記憶 雑記 カメラ・写真

電話で苦情処理に苦慮する上司から、「正論を声高に主張するってどうなんだろう?」という愚痴ともぼやきとも諦観ともとれる感想を聞いたことがあります。大いに共感し、それ以来自分の生き方のスタイルの一つに「正論は小声で」を加えました。

土日は買物係を務めることが多く、よく行くスーパーの前の惨状について、今日はたまたまデジカメをもっていたので思わず写真に撮ってしまいました。同時に少なからずの逡巡、例えば「自分にこれを訴える資格はある?」も頭をよぎりました。

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2017.3.4 Fujifilm FinePix F10

この、点字ブロックをまたがる、というか完全無視の自転車達。一台ずつに持ち主一人ずつの個別の事情もあるでしょう(「ほんのちょっと置かせて。すぐ戻りますから」とか)。

あと、「注意されればもちろん置きませんでしたよ」みたいな、管理者が不在であることへ責任をなすりつけようとする反論も聞こえてきそうです。

さらに、そんなに気になるならおまえが一日中そこに立って注意すればいいじゃないかという暴論も予想できます。なので、ここからは小声の主張です。

世の中には周りからの気遣いでずっと暮らしやすくなる人や、気遣いの有無が暮らしに致命的に影響する人もいるだろうこと、忘れてませんか。

自分にできる気配りとか、思いやりは何だろうかと、毎日ちょっとずつ考えませんか。人間は決して一人では生きらないし、人の世話なしに一生を終えられないのだから。