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dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

自由の国 アメリカ

英語 雑記

グーグル検索で「自由の国 アメリカ」を入れてみました。きっかけは、今日のBBCのWorld News。トランプ政策が引き起こした事態に対して、首相が大統領と会談したばかりのイギリスから、本気の問題提起を耳にしたからです。

BBCの上質なところは、何が起きているかの報道にとどまらず、なぜ問題にされなければいけないかの解説も一緒にコメントされるところ。共有されているはずの西欧文化の行動様式、つまり自分たちの常識に照らして何か違和感があると、それをハッキリ言葉にする姿勢が感じられます。

翻って日本の報道。例えばトランプ大統領のとった政策が世界各地で混乱を引き起こしている、の報道はたくさんされてます。でも、なにが根本的に問題と認識されるべきかを伝える報道は、今のところ聞かれません。

今日のBBCの、トランプ大統領の入国制限令に対する報道には、それがものすごく顕著に感じられます。本義に反するのではないか、との問いかけです。そこで先ずは、アメリカが自由の国と言われる歴史的背景はどの辺なのか勉強しておこう、と思ったわけです。

ところが意に反して、検索結果の上位には「自由の国アメリカ?」「「アメリカ=自由の国」という幻想」「自由の国アメリカって何が自由なの?」等々、それを疑うタイトルが並んでました。自分としてはかなりの驚きでした。

今のアメリカとかヨーロッパの抱える問題、矛盾はさておき、西欧が法制度とか経済の仕組みなどを整えてきた事実は無視できないから、いまだに学ぶ対象と考えている自分は古い人間だったのでしょうか。

「だってオレ達日本人だから。アメリカとかヨーロッパとかに生きてないから..」的な気持ち、つまり、アジアの私たちは彼らの本義とは無縁で、解放されているという認識がベースにあるようです。

イギリスのEU離脱、トランプ大統領の誕生等々、西欧世界の混乱が、そういった土壌の正当性に力を与えてるのも、どうやら間違いないでしょう。

ある意味アジアの私たちは、彼らの本義からは解放されているかもしれません。それが私たちの強みかもしれません。でも、「西側」の仕組みによって立っていたはずの日本が、そんなに都合よく、自分らの基盤を見ないことにしたり、本当は違うんだよ、とかうそぶいていいのでしょうか。