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dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

万年筆の時代は終わったか 雑誌「中央公論」の記憶 5

昔の記憶 雑記

f:id:dods:20160617154701p:plain「大人になったら鉛筆ではなく、万年筆を使うのだ」と子供のころは思ってました。

今回は万年筆について。すでに何度も月刊誌「中央公論」の思い出話をしてますが、これが恐らく最後です。自分には一番思いの深いネタでもあります。

広告は昭和39年5月号に掲載されていたもの。やはり県立図書館でコピーさせてもらいました。

中央公論」掲載の万年筆広告には、このパーカーに限らず、パイロットなど国産メーカーのものも確かにありました。でも、圧倒的な舶来感とでも言うべきデザインが子供心に訴えたようです。

万年筆そのものへの興味が芽生えたのも、「中央公論」の影響が大きかったと思います。

以前の回でも書きましたが、学者とか作家とか建築家といった著名人が、自分の書斎で足を投げ出しくつろぐ、連載グラビア「私の書斎」で、書斎の机にはいつも太目の筆記具と、インク壺が写っていました。

「立派になったら書斎を持って、机には万年筆だ」と思った記憶はあるような、ないような。少なくとも、机の上の文具を毎号チェックした記憶はあり。

もう一つ、中学1年のときの担任の平野先生が、このパーカー万年筆を持っていたのも、その後の自分のパーカー信仰を決定づけました。

広告の型とは違い、チェック地で太目の軸でした。「やっぱり大人は万年筆だ。万年筆ならパーカーだ」と少年は意を強くしたのです。

当時、近所の文具店には国産万年筆しか置いてありませんでした。それだって、中学生が手をだせるような値段ではなかったはず。

そもそも、使っていたノック式のシャープペンシルでさえ、当時は最低でも500円はした記憶があります。

さて、月日は流れ、今一番使っている筆記用具は何かと言えば、それはパイロットの「ハイテックCコレト」。4色用に、0.4mmの赤、ブルーブラック、緑、黒を入れ、使ってます。一番減りの早いのがブルーブラック。そこに、かつては万年筆を偏愛していた面影を感じていただけると幸いです。