dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

山の上に文化人が集い、平井さんのキャビアを食した 雑誌「中央公論」の記憶 2

 以前のブログで表題について取り上げました。小さい頃、父親が定期購読していて、家の本棚に並んでいた「中央公論」。少年時代、なぜだかこの雑誌を眺めるのが趣味となり、暇があればページをめくっていた。でも思い出せるのは広告くらい。と、ここまでが前回の話。

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ブログを始めて、昔の記憶の整理欲がどんどん高まったこともあり、県立図書館に出かけて現物と対面してきました。家にあったのは確か昭和42年頃からと記憶していたので、まずは総目次を借り出して確認。でも、悲しいかな、記事の記憶はほとんどなし。でも、連載グラビアの「私の書斎」は覚えていました。著名人らしき男が、自分の書斎で足を投げ出しくつろぐ写真は確かに見た記憶があります。

そこらへんの確認を兼ねて、ついでに広告でも眺めれば、思わぬ発見があるかも、との思いから昭和42年前後の「中央公論」十数冊をいっぺんに館内貸出してもらいました。古雑誌の香りを存分浴びるも、やはり記事を読んだ記憶はほとんどなし。

今の自分にとっては結構興味深い記事もあるのですが(たとえば大学改革、あるいはNHKの報道姿勢、さらには今でいう道州制にあたる地域統合の提案などなど)、少年時代の自分にはそれらはすべて興味の対象外でした。

雑誌広告に関しては、予想通り、「うん、これこれ」の既視感が確認できました。いくつかコピーしてきたので、これからとりあげていくつもりです。今回は、前回のお詫びを兼ねて、「山の上ホテル」の広告を(昭和42年7月号より)。

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前回の記事では、「今はなき、フェアモントホテルの広告も毎月載っていた」と書きましたが、これは勘違いでした。恐らく、父親がその後読み始めた「文芸春秋」のほうに載っていたのではないかと思われますが、確認していません。

当時の中央公論に毎月掲載されていた広告は、今も実在する「文化人の」山の上ホテルでした。さすがに半世紀前の広告だけに、「御予約はお早めに何卒」などの表現にはクラシカルな感じが漂います。

それにも増して、手書き文字の存在感。毎回決まってこのようでした。中には人気作家の署名入りのも。手づくり感濃厚ですが、それも計算ずくなのでしょう。

それにしても、イランからキャビアを持参した平井さんとは、いったい誰なのでしょうか。当時の料理長さんかとも思い、ちょっと調べてもわかりませんでした。

余談ですが、当時の「中央公論」に掲載されていたホテル・旅館は山の上ホテルだけではありません。関東近郊の当時の老舗らしきホテルの広告が、不定期で掲載されていたようです。でも、毎月必ず、どこかのページの縦4分の1近くを貫いて広告をはっていたのは山の上ホテルだけのようでした。