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dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

大学納豆? その2

幼い頃によく食べていた、時計台が描かれた納豆のパッケージ。それとそっくりのが今も売られている。でも名前が違う。「大学納豆」は今でもあるのだろうか。ここまでが前回の話。

結論としては、パッケージと名前が一致することはありませんでした。でもいろいろ勉強できました。さらに、多分こういうことだったのでは・・・と一つの仮定にたどり着きました。

近代納豆の歴史、特に北海道での歴史でよく出てくるのが北海道帝国大学の半澤博士。大正時代に培養納豆菌を使った納豆製造法を広めたそうです。同時に納豆菌の販売もしたため、このころから「大学納豆」の名が出回ったと考えられます。この半澤菌、もともとは藍商店という札幌の納豆屋さんの納豆から分離培養したとのこと。

f:id:dods:20160213165814p:plain有限会社藍商店

画像は札幌で最近まで販売をしていた藍商店の製品。小さく「大学納豆」の文字も見えます。大正7年から「大学納豆」の名で販売していたそうです。そして、藍商店の住所が、なんと、幼いころ住んでいた家から直線距離で2キロ程でした。

幼い頃に母と出かけた近所のスーパーには、藍商店の「大学納豆」が納品されていた可能性が高い。そしてここからは推理ですが、当時の「大学納豆」は今のポン納豆のパッケージだった。というか、ポン納豆は当時の「大学納豆」のパッケージを引き継いでいる。

なぜ「ポン納豆」なのかも分かりました。株式会社ヤマダフーズさんのサイトに容器でたどる納豆沿革史というのがあり、昭和31年にポリ納豆(とびだし式)が開発されたとあります。ポリの「ポ」、飛び出す「ポン」あたりが理由でしょう。

今回納豆のことをあれこれ調べるのに、大変お世話になったのがtaiji141さんの納豆wikiそれからブログ七転納豆です。改めて感謝申し上げます。