dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

さばの文化干しにやや詳しくなり、「さば文化」の深さを知る

話としては昨日の続きになります。昨日のは、買物に出たお昼頃が大変暑く、白いものが目に映えますといった話でした。

 

買物途中にもう一枚、ご近所の魚屋さんも写してました。以前に書いたことがあったと記憶してますが、店構えを撮るのが好きです。周りにシックリ馴染んでいる昔からのお店はもちろん、ちょっと浮いちゃった新しいお店もいい。

 

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 2018.08.11 Fujifilm FinePix F10

 

このお店は地元に馴染んだ系として撮らせてもらいました。ただ、投稿の理由はちょっと別なところにあります。改めて写真を眺めたところ、「さば文化」の段ボール箱が妙に存在感があったからです。

 

さばの文化干しを略して「さば文化」。生鮮物を扱う威勢の良さというか、気の短さが伝わります。自分は好物です(子供らは敬遠気味)。でも改めて考えると、「さばの文化干し」というネーミングの由来は未知の領域でした。

 

意外と面白いエピソードがあったので、引用します。

干物の包装材として木箱や新聞紙を用いていた時代、東京都江東区にて1950年創業の水産加工物会社「東京仙印商店」がセロファンに包んでみたところ、非常に仕上がりの見栄えが良くなり、これを販売したのが最初とされている。

文化干し-wikipedia

 

あと、例の段ボール箱を拡大してみたら、「千葉県銚子市」の文字がありました。これもあれこれ調べたら、なるほどと納得できるデータがありました。なんだか夏休みの自由研究みたいですが、分かったのはこのようなこと。

  • 銚子は日本での漁港水揚げランキング一位が続いている
  • その銚子漁港での水揚げ比率一位は数量(59.9%)、金額(37.7%)ともにさば
  • 出身の北海道では有名な釧路漁協(H27の漁獲金額は一位こんぶ、二位さんま、三位たら)と比べるとその特徴は明らか
  • 干しさば生産量のランキングなんかもあり、千葉県は他県を圧倒して一位の模様(H28年6,301t。以下、茨城3,525t、鳥取2,496tと続く)。

 

参考にしたサイトもあげておきました。さば好き、お魚好きの方はぜひご参照ください。

 

日刊水産経済新聞-銚子が6年連続1位、28年主要漁港水揚げランキング

銚子市漁業協同組合

漁獲のデータ | 釧路総合振興局産業振興部水産課

 干しさばの生産量の都道府県ランキング(平成28年)

 

「どうだ、よく調べたろう」感を漂わせてしまいましたが、ほんの10分ほどの検索で結構あれこれ調べられるものです。ちょうど夏休みですね。ネット時代の恩恵を十分に生かせば、あんなに大変だった夏休みの自由研究も今なら楽勝? とか思った今日でした。

 

 

白いものが目に映えます

なんか最近の料理番組は、ショウガ入りとか、お酢で味付けとか、梅風味とかサッパリ系が多いよなあ、などと昼食後に家族と話しました。自分とは無縁ですが、体力も食欲も落ちるこの時期だからなのでしょうか。

 

そう言う自分も、暑い昼間に外に出るのは勇気が要ります。出たら出たで何とかなるものの、やっぱり目が向くのは、涼やかで目にもサッパリした白い色。さっき、昼ごはんの買い出しで目に付いたのも、焼き鳥屋さんの白いのれんと、白い花でした。

 

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 2018.08.11 Fujifilm FinePix F10

 

 

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 2018.08.11 Fujifilm FinePix F10

 

この花はヤマユリでしょうか。不思議なことに、ご近所に一斉に開花し始めました。(PS その後うちの奥さんに聞いたら、テッポウユリではないか、とのこと)。

 

Rの無い月の牡蠣について

6日ぶりの休日。外出予定は自分にも家族にもなく、目覚ましをセットすることなく、いつもの1時間遅れで朝を迎えました。普段なら休日でも平日と同じく6時前にはいったん目覚ますのに。しかも起き出したのは何と9時。記録的猛暑の影響でしょうか。

 

遅いお昼ご飯を求めて、いつものように買い出しに出かけました。この写真はその帰りに写した、我が家近くのお店の看板です。8月。Rはありませんが新鮮な牡蠣があるそうです。

 

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 2018.08.04 Fujifilm FinePix F10

 

これだけ自信をもって牡蠣を宣伝しているのですから、Rの話は過去のこと?、と思ってあれこれ調べたら、本当のそのようです。牡蠣にもマガキと岩ガキがあり、岩ガキの旬は5月から8月とのこと。マガキも北海道や岩手県の一部の海域では、5~8月の夏の時期にも旬を迎えるそうです。

 

 

ついでに、このRのつく月云々は、ウィキペディアによれば、「カキの養殖により通年カキが手に入るため『R』のつかない月は、カキを食べないという習慣は英語圏で消えつつある 」などと解説されています。

 

カキ (貝) - Wikipedia

 

ついでのついでですが、言葉を教える仕事をしている関係で気になったこと。このRのつく月云々はもとはフランス語のことわざ(言い伝え?)から始まったようです。終りに、英語、フランス語の表現を挙げておきます。

 

(英語)   Should you not eat oysters in months without r.

 (フランス語)Il ne faut pas manger d'huitres les mois sans r.

 

台風一過の入道雲

この辺りに住み始めてずいぶん経ちます。エリア内の引っ越しは何度かありましたが、かれこれ25年になります。真夏にはどの辺りに入道雲ができるかもすっかり熟知。台風一過の今日、その入道雲が見られました。

 

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 2018.07.29 Fujifilm FinePix F10

 

これは本日、お昼ご飯の食材を求めて買物に行った帰りの写真。ちゃっかり提灯をいれたのは、先日のブログ「夏モードが整ってゆく」に個人的につなげたかったから。関心がありましたら御参照ください。

 

夏モードが整ってゆく - dods’ blog - 今と昔のノートブック

 

ところで、昨日の昼は台風接近で、こちらもこんなものではなかった。やっぱりお昼ご飯の買い出しで出かけましたが、帰りには大雨の中を自転車で走る羽目に。その時の写真もついでに掲載します。黒雲と、強風に揺れる提灯の短冊がわかりますか。

 

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 2018.07.28 Fujifilm FinePix F10

 

未だはっきりしない台風12号の進路。一説には九州付近でループとの情報も。被害のないようお祈りいたします。

お神輿見た?

こちらでは毎日暑い日が続きます。風がない今日は特に暑く感じました。休日なので家族用のお昼ごはん調達に外出したときのこと。お店から出たら、自転車に乗った高校生くらいの一名が「お神輿見た?」ともう一名に話かけ、通り過ぎました。

 

男子にしては「お神輿」なんてちょっと丁寧、というか可愛い言い方だなあと思いましたが、よく考えると他に言い様はないですね。「神輿見た?」じゃ、なんか通ぶってて高校生が言いそうもない。

 

どれどれその「お神輿」を自分も見せてもらおうと、商店街をのぞいて、ついでに写真に取らせてもらいました。こちらのほうでは町内会単位で、夏祭りなどに合わせて披露されることが多いようですね。子供神輿なんかもあったり。

 

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 2018.07.22 Fujifilm FinePix F10

 

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018.07.22 Fujifilm FinePix F10

 

小さい頃は地元にこんな催しはなかったなあ、でも知らかっただけでやっていたのかもしれないなあ、などあれこれ思い巡らすうち、ある出来事を思い出しました。お神輿きっかけで、心臓が止まるくらい、驚いた経験です。

 

これまでも何度か、4,5歳の頃の不可思議な記憶のことを記事にした気がしますが、これもやはりその頃の話。ちょうど自分に弟ができ、家族構成に変化が生じた時期です。

 

母と自分と、多分赤ん坊の弟の3人が家にいたときのこと。自分は母のそばにいました。突然、母がかなり大きな声で「あら?」と叫び、何かを思い、窓の外を見に行きました。

 

この時の母親の「あら?」に始まり、何か(きっと自分にとって良くない知らせについて)思いを巡らしていたシーンを今でもありありと思い出されます。ほんの一瞬だったのかも知れませんが、途轍もなく怖く、戦慄が走り、その後に告げられる不吉な知らせに恐怖した記憶があります。

 

このように、4,5歳の自分が勝手にホラー的な状況を予期して身構えていたのですが、結末はあっけないくらい簡単な話でした。

 

その時母親は、地元北海道神宮のお神輿が近所を通っていることに気づき、それを確かめようと窓の外を覗いただけのことでした。幼いころ街中に住んでいた母親にとっては、慣れ親しんだお神輿の掛け声だったのでしょう。

 

考えてみると、人生には不安定な時期というのが何度かあるのでしょうが、あの頃の自分は半世紀の人生の中でもトップクラスの不安定期だったように思えます。