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dods’ blog - 今と昔のノートブック

今の記録は情報提供。昔の記憶は話題提供。気ままに記します。

墓苑の大ケヤキ

雑記 カメラ・写真

お彼岸なのでお墓参りに出かけました。

向かった墓苑は敷地がかなり広く、その中央に一本の大きな木が立っています。多分ケヤキでしょう。

 

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2017.3.20 Fujifilm FinePix F10

この季節なので青々とした姿をお見せできないのが残念なのですが、行くたびに惚れ惚れと見上げてしまいます。

4321の謎が解けた、かな?

英語 読書 雑記

ポール・オースターの新刊を読んでいる話を以前しました。悲しいかな、土日読書家のためになかなか読み進めません。でも2章を読み終えて、どうやらこの新刊にまつわる謎が解けてきた気がします。

2章までの段階、つまりFerguson君が10代の時点でこの作品のおおよその骨格が分かりました。展開される4つのエピソードを区分すると

  1. Ferguson君の父親が兄弟から縁を切り、つつましい再出発をした家庭の話。
  2. Ferguson君本人が雷に打たれて死んでしまう話(ポール・オースターは過去の作品で何度も友人をサマー・キャンプの最中に落雷で失う話を書いてます)
  3. Ferguson君の父親が兄弟の裏切りにより事故死した話
  4. Ferguson家が順調に発展してゆく話

そして1、2章を読んだところ、エピソードは規則正しく並べられているようです。例えば、1.3でFerguson君の父親は亡くなり、2.3では母親(Roseさん、明らかに今のところ準主演級)とFerguson君との話につながります。

それぞれのエピソードに思春期のFerguson少年の恋愛が展開されて、どれも楽しめるのですが、まだ読んでいない第3章の2ではどう考えてもこの作品の主演級Ferguson君が不在のなか、話はどう展開するのか。

もう一つ、大きな謎は残ります。4話同時進行なのに、なぜタイトルが1234ではなく、4321なのか。ひょっとすると、私のこれまでの分析はまったく頓珍漢なものとであったと結論される恐れも。3章以降を読み進めて解明したいです。

(とは言うものの、米文学方面を生業にしている方々、特にPaul Auster研究家の方はとっくにこの手の謎解きは済んでいるのかもしれませんね。ネタバレ注意ね。)

 

dods.hatenablog.com

 dods.hatenablog.com

 

 

夜の一コマが期待させる何か

雑記 昔の記憶 カメラ・写真

今日は築5年目になる我が家の点検にハウスメーカーさんが訪問。特に問題なし。でもあれこれ話すうち、子供らが勢い余って壊した箇所を思い出し、見てもらい、修理の見積もりをお願いしました。

メーカーさんの帰り際、駅から近いのに静かでいいですね、の言葉に気をよくした自分は、そうだ、もう少し駅近の視点がこのブログにもあってもいいかと改めて認識。晩の買物でも何かネタは無いかとカメラを持参しました。

前にも話題にした駅前の(といっても我が家とは反対方向です)ショッピングモール。もう少し極めてみたいのですが、モール自体にそれほどお世話になっていないせいか、自分から湧き上がる被写体は見当たらず。

ひとつだけ、ちょっとお洒落なお店を外からとりました。いわゆる「カフェダイニング」。買い物したスーパーと同じフロアーにあり、今日は貸し切りでパーティーをやっているみたいで、中からは賑やかな声が聞こえてきてました。

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2017.3.18 Fujifilm FinePix F10

夜の街って、なかなか思った通りには写らないものです。と言うか、夜の一コマには昼間の写真プラスアルファの意図や思いを見る者に期待させる何かがあるようです。期待値が高いと言うことでしょうか。

場面はそれほど多くなののですが、夜の街を上手にドラマに取り入れていたと思うのが、以前も話題にした「冬のソナタ」。街とはソウル市街ということになります。

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上の画面は、日本版の第13話の冒頭のシーンを引っ張ってきました。ストーリー的には、チュンサンが記憶を取り戻しかけ、それをユジンに確かめ始めたところ。都会の構造物が夜に見せる絵を見事に背景として取り入れた場面です。


겨울 연가 冬のソナタ13 話 韓国語+日本語字幕 version

たとえ「冬のソナタ」などまったく関心のなかった方も、冒頭のシーンの赤い背景をご覧になると、その効果に納得いただけるのではと思います。

起きがけに松田聖子が歌う朝

昔の記憶 音楽

花粉症か、その対策の鼻炎カプセルの影響か 、体調がいつもと違って眠りが浅い。そのせいか、いつもギリギリまで寝ているのに今朝は早めに目が覚め、起きがけにはまた、昔聴いてた懐かしい歌が頭を巡ってます。

どういうわけか、自分の場合はそれが必ず松田聖子なんですね。今朝のは「青いフォトグラフ」。やっぱりもう何年も聞いていたなかった曲。思わずyoutubeで確認してしまいました。


蒼いフォトグラフ

ときどき話題にしてますが、以前演劇に関わってました。当時の小劇場系の劇団の流行に一つに、ウェルメイドな作りと少女漫画風のストーリーを特徴とするものがあり、「おやじロマン」などと揶揄されてました。

でも自分は結構気に入ってました。もう20年も前のこと。発作的に松田聖子の懐かしいメロディーが流れる朝を迎えて、当時も今も変わらない自分の好みというか、関心の向かう方向に苦笑いした朝でした。

1970年前後の騒動を改めて知る必要性

雑記 カメラ・写真

 先週から話題にしているNHKラジオ第1新日曜名作座「アップルソング」。第4回の今日も聴き入ってしまいました。話が佳境に入ると、まるで自分がプロの写真家であるような気分でストーリーに没入していたり。

 

 

もうひとつ、前回辺りからこのドラマのテーマの一つとして加わった「ベトナム戦争」と、同時代の日本の社会情勢が気になります。ドラマでは68年か69年に新宿で起きた反戦運動がストーリーに大きく関わっていました。

それで思い出したのは映画「ノルウェイの森」の冒頭近く、断片的ながら当時の社会情勢とその中心をなす学生運動が描写された場面。村上春樹が作品を出し始めたころ、氏の問題意識としてこの70年前後の社会情勢とそれへの関与が確実にあったと見ます。

村上春樹氏は1949年生まれ。「アップルソング」の小手鞠るい氏生まれたのはその7年後の1956年。やはりほぼ同じ間隔でその後生まれた自分ですが、大学生として過ごした1980年代前半は無風というか、社会をかき乱すパワーなど学生には皆無でした。

基本的にその後30数年間の情勢は全く変化がないと思います。でもそれは日本だけの話で、たとえばお隣の韓国などを見ていると、国を動かすデモの中心には常に学生が関わっている。

最近のSEALDsのように、日本の若者の活躍が皆無とはいえないけれど、そして大いに応援したいものの、大きなうねりとはなっていないのが現状でしょう。

日本の学生の大半が社会の出来事を真正面から見なくなってしまったのは、もしかすると自分が学生としてすごした80年代あたりからではないか、という自責の念をこめて、タイトルの、1970年前後の騒動を改めて知る必要性を提案させてもらいます。